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坂口健太郎の父親の事故死の真相とは!?母親の職業や家族とのエピソードも調査!

坂口健太郎の父親の事故死の真相とは!?

坂口健太郎さんの父親が事故死したという噂が囁かれておりますが、死因は本当のところ明かされていません。

では、なぜ坂口健太郎さんの父親の死因が事故死と噂されているのか、その謎を解明していきましょう。

坂口健太郎の父親の事故死の真相とは!?

坂口健太郎

坂口健太郎さんの父親が事故死したのではないかと噂される理由は、坂口健太郎さんがテレビでコメントされた内容が関係しています。

では、そのコメントとはどんなものだったのでしょうか?

坂口健太郎

坂口健太郎さんが亡くなった父親の事を話したのは、2021年3月18日に放送された「徹子の部屋」での一場面。

坂口健太郎

衝撃というか・・・すごく仲良しだったので。

病気ではなかったんです。すごく体が丈夫だったので、びっくりはしたんですけど

というコメントをしていました。

坂口健太郎さんの父親は、数年前に65歳という若さで他界

そして、坂口健太郎さんが父親の死因について明言を避けていることから

病気ではなかった事故死?

身体が丈夫だった突然死?

このように疑問が広がっていき、「坂口健太郎さんの父親は事故死した」という噂に発展しのだと考えられます。

坂口健太郎

現段階では坂口健太郎さんの父親の本当の死因は明かされていないので、本当に事故死だったのか、あるいは別の死因だったのかは分かりません。

「びっくりした」「突然」というコメントから、「事故死」「心筋梗塞などの突然死」「自殺」なども考えられますよね。

坂口健太郎と父親の心温まるエピソード3選

坂口健太郎

坂口健太郎さんの父親は2014年頃、65歳で亡くなっており、坂口健太郎さんは23歳頃だったと言われています。

父親の死はショックだったと思いますが、生前はとても仲の良い親子だったとそう。

2021年3月18日に放送された「徹子の部屋」で坂口健太郎さんが明かした、父親との心温まるエピソードを紹介します。

1.「自分の評価は自分でしなさい」

坂口健太郎
これが坂口健太郎さんが父親にかけられた言葉の中で、一番心に残っている言葉だそうです。

父親からこの言葉を聞いた当初は、どういう意味なのかいまいち理解できなかったそうですが、大人になるにつれて言葉の深さが分かったのだとか。

坂口健太郎さんが小さい頃から父親にかけられていた言葉だったようで、大人になり「ちゃんと自分の評価をできる人間でいないといけないな」と改めて思ったと語っていました。

坂口健太郎

またこのエピソードを語った「徹子の部屋」の番組中で、

「もちろん、自分の評価だから、怒らないといけない時もあるだろうし、一番優しくなれる存在でもいないといけない。

僕、凄く自己愛が強いと言われるんです。それって父親から言われた言葉にすごく通じているなと思うし、自分のことをしっかりと愛して初めて僕じゃない誰かに愛情を持って接してあげられると思うので、自己愛強く生きていこうと思っているかもしれないですね」

とも語っており、ご自身の自己愛の強さのルーツは父親であると語られています。

父親が亡くなった今も、信念をもって芸能界で活動していく力強さは、自己愛の強さのお陰かもしれませんね。

2.「初任給で食事をごちそうした」

坂口健太郎

坂口健太郎さんと父親は、小さい頃から仲が良かったわけではなく、幼少期は父親の考えがわからずそれほど仲も良くなかったそうです。

坂口健太郎さんは19歳からモデル活動をしており、その頃から父親との距離が縮まったのだとか。

初任給で父親に食事をごちそうした事を思い出し、「喜んでもいたし、僕から食事をおごられるってことにすごく戸惑っていましたね」と懐かしそうに話していました。

3.父親と同じ服を買う

坂口健太郎

「これはオレも着るし、親父も着るねと、父親と同じ洋服を買っていたという坂口健太郎さん。

また、

「(父親とは)友達みたいな関係性。背丈もほぼ一緒くらいなので、一緒に同じものを買ったり。ファッションの話もしたし、仕事の話もしたし、父親の近況の話も聞いたり」

と父親との関係性を語っていました。

母親と娘が女同士お揃いで買うという話はなくもないですが、男同士がお揃いで服を買うというのはかなりレアなのではないでしょうか。

坂口健太郎さんと父親の仲の良さをよく感じられるエピソードですね。

坂口健太郎さんの父親は英国車に載るのが趣味だったようで、父親の車でショッピングに行き、父親の色んな話を聞いたことも良い思い出なのだそうです。

坂口健太郎

先述した通り、坂口健太郎さんの幼少期はさほど父親と仲が良かったという訳では無く、仲良くなったのはモデルを始めた19歳からです。

そして父親が亡くなったとされるのが23歳の頃なので、「すごく仲が良かった」という期間は約4年間という事になります。

「時間は短かったけど、小学校の時とかきちんと話を聞いてあげられなかった父親とちゃんと話ができたし、僕も知りたいと思える時間があったというのはすごく良かったなと思います」

と坂口健太郎さんは語っていますが、もっと父親と話したかったという思いが隠されているようにも聞こえますね。

坂口健太郎

またこちらは、「徹子の部屋」ではありまあせんが、2019年のザテレビジョンのインタビューで 父親との関係を聞かれた坂口健太郎さんは

僕は父親が同世代の親に比べると年齢は少し上ですが、すごく自由な人だったので、わりとフランクに接する事ができました。

とコメントしています。

坂口健太郎さんは誰かと洋服を買いに行くのが苦手なのだそうですが、父親とだけは一緒に買い物に行けたよう。

坂口健太郎さんにとって父親は、フランクな友人の様でもあり特別な存在だったことが伺えますね。



坂口健太郎の母親の職業や家族とのエピソードも調査!

坂口健太郎

坂口健太郎さんは、父親・母親・姉と4人家族のようです。

先程既に他界された坂口健太郎さんの父親については紹介しましたが、坂口健太郎さんのお母様やお姉様はどんな方なのでしょうか?

坂口健太郎さんとお母様やお姉さまに関する心温まるエピソードについても調査してみました!

坂口健太郎の母親は元女優だった?

坂口健太郎

坂口健太郎さんの母親は女優だったと言われており、少々不思議な人なのだとか。

坂口健太郎さん本人がELLEのインタビューで、「実は母親が昔劇団に入っていて、いまもよく本の貸し借りをするんですけど」と語っています。

どうやら劇団に所属していた女優さんだったようですね!

坂口健太郎

坂口健太郎さんが役者を目指すきっかけになったのは、劇団員だった母親の影響が大きそうです。

役者をやりたいといい出す前から母親は「健、この役、やりなよ」と、本を渡すことがあったのだとか。

息子はきっと役者の道を目指すだろうという、母親のカンが働いたのか、洗脳(?)なのか・・・坂口健太郎さんの役者姿を見られるのは、母親の後押しのお陰だったのかもしれませんね!

そしてそんな母親に関して、坂口健太郎さん自身は “僕はマザコンだと思う”とコメントしており、父親同様に母親とも仲が良いことが分かります。

坂口健太郎と母親の心温まるエピソード3選

坂口健太郎

そんな自称マザコンな坂口健太郎さんが、2019年6月30日放送の「ボクらの時代」で語っていた母親とのエピソード3選をご紹介します!

1. 落書きを誉める
坂口健太郎

坂口健太郎さんの母親は、がみがみと子供をしかりつけるようなことはせず、厳しいところも、褒める事もメリハリをつけて教育していたのだとか。

そんな坂口健太郎さんの母親の性格が一番よくわかるエピソードがこちら!

それは、坂口健太郎さんの幼少期に、自宅の床にパンダの落書きをしてしまった時の事。

それをみた坂口健太郎さん母親は、落書きをした事を叱るのではなく“センスある!”と褒めたそうです!

しかも、そのパンダの絵と一緒に家族全員で写真を撮るという行動に・・・

寛大というか・・・褒める教育とは良く言いますが、ここまで徹底している例は珍しいかもしれませんね。

坂口健太郎さんと言う人物を育て上げた、教育論の勉強になりますね。

2. 息子のさぼり癖に号泣
坂口健太郎

イケメン俳優の坂口健太郎さんは、クレヨンしんちゃんのような天然少年だったようです。

今では想像できませんが、学生時代の坂口健太郎さんにはさぼり癖があり、母親が学校から呼び出しをくらったというエピソードもあります。

学校に呼び出された母親もそんな坂口健太郎さんの姿を見て号泣したそう。

坂口健太郎

幼少期も天使のように可愛かった坂口健太郎さんが学校から呼び出しをくらうなんて、母親が号泣する気持ちもお察しします。

はたまた、これも実は教育の一貫なのでしょうか?

坂口健太郎さんは母親の号泣を見て、しっかり反省したかもしれませんね。

3. 母親にあったら必ずハグする

坂口健太郎さんと母親のエピソードNO.1と言えば、この事でしょう。

坂口健太郎 坂口健太郎

「もう親父がいないんで。ふと気づいた時に、母親をこれからハグする人っていないなと思ったんですよ」

坂口健太郎

「僕は会ったら、絶対ハグしようって決めてますね」

と番組内で語っています。

坂口健太郎

この日の「ボクらの時代」のゲストは、吉田鋼太郎さんと笠原秀幸さん。

吉田鋼太郎さんは坂口健太郎さんの母親と会ったことがあるそうで、その時の様子を「ハグするのよ、この親子は」と明かしていました。

同じく共演者の笠原秀幸さんも、母親をハグする人がいなくなったから自分がするっていう発想に対して、「ちょっと今、泣きそうです」と感動していました。

坂口健太郎

世の中の男性でマザコンは珍しくはないと思いますが、母親が大好きでも言葉や態度では表しにくかったり、隠れマザコンなんてこともあると思います。

そんな中“僕はマザコンだと思う”と、堂々と発表するくらいですから、ハグも坂口健太郎にとっては当たり前の愛情表見なのでしょう。

また、「自分のことをしっかりと愛して初めて僕じゃない誰かに愛情を持って接してあげられる」と坂口健太郎さんは言っています。

そんな自己愛を持てるようになったのは父親のお陰でしたね。

母親をハグする人がいなくなったから自分がする」とは言っていますが、そんな坂口健太郎さんを導いたのは父親です。

【父親の変わり】というより、むしろ【父親の愛が失われていない】と考えた方がより幸せかもしれませんね。

坂口健太郎の姉の名前と職業は何?

坂口健太郎

坂口健太郎さんのご家族には、他にお姉さんがいます。

お名前は「ゆき」さんと言うそうで、職業は教員をされているそうです。

父親、母親と仲が良かった訳ですから、当然お姉さんとも大の仲良しなのは間違いありません。

坂口健太郎と姉の心温まるエピソード2選

それでは、坂口健太郎さんとお姉さんの心温まるエピソードも見ていきましょう。

1. お弁当を忘れてお姉さんに分けてもらった
坂口健太郎

クレヨンしんちゃんのような天然少年だった坂口健太郎さんは、ランドセルやお弁当を忘れる事もしばしば・・・

お弁当を忘れた坂口健太郎さんは、お姉さんの元へ向かいお弁当を分けてもらっていたそうです。

姉弟のほほえましい光景も素敵ですが、お弁当を忘れる坂口健太郎さんのベタさもツボです。

2. 父親の代わりにバージンロードを歩く
坂口健太郎

SPUR 2015年8月号でのインタビューにこのような発言がありました。

「今年結婚する姉のバージンロードを、1年前に他界したオヤジの代わりに僕が一緒に歩くんです。本人より泣きそう。」

坂口健太郎さんのお姉さんは2015年に結婚されましたが、その時父親は既に亡くなっていました。

その為、坂口健太郎さんは父親の代わりにお姉さんと一緒にバージンロードを歩いたそう。

両親が揃っていても結婚式は感動するものなのに、父親の代わりを務めるという大役も背負い、色々と感慨深いものが込み上げてくるのでしょう。

お姉さんに対しても坂口健太郎さんの愛の深さが伝わってくるエピソードでした。



坂口健太郎の父親の事故死の真相とは!?まとめ

坂口健太郎さんの父親の死因については、はっきりした事は分かりませんでした。

しかし、早くに父親を亡くした坂口健太郎さんは、父親の言葉を常に心に留め、思い出を大事に過ごしていることがこれまでのエピソードで分かりました。

母親やお姉さんとの心温まるエピソードも、父親が残してくれた愛の賜物だと感じ取れましたね。

人間味あふれた坂口健太郎さんの今後の活躍が、ますます楽しみです。